2017年6月16日金曜日

賛美の力

有働 克己

思いがけない伝道の働き

私は4月23日神様の恵みと多くの方たちの祈りによって、「洗礼式」を持つ事が出来ました。神様を信じ従う事をみなに告白した私の生活は一変するものとなりました。

朝、起きると真っ先にCDのスイッチをONにし、賛美を聞く事から始まります。
賛美は私にとって、喜びであり、平安であり、力となるもので、生活の中で欠くことが出来ない存在となっていました。

6月8日、私は右手の手根幹症候群のため手術を受ける事となりました。
手術は局所麻酔で行われ、手術室に入ると BGMが流れていました。演歌のようでした。
看護師さんは私に「手術中聞きたい音楽を流しますよ。何か、御希望はありますか?」と聞いて来たので 私は無意識に「讃美歌をお願いします」と言っていました。
すると三人もの看護師さんがびっくりした様子で “あるかしら?”とか “確か あったはず”とか言いながら たくさんのCDの中から必死に讃美歌をさがし出してくれました。そして、1枚だけあった讃美歌を流して下さり、手術中はとても平安でいることができました。また、医師や看護師の方々も、賛美歌の流れる中で手術をしたのは初めてです・・と とても喜んでおられました。賛美歌は医師や看護師さんにも、神様を意識するものとなりました。

手術後、外来に行った時、担当の医師が私を見つけて「あっ、讃美の有働さんだ!」と私の事を呼ばれたのです。
私は私の力でも努力でも無く、神様の方法で、いつの間にか賛美の中の平安を伝道していました。神様は色んな事を用い、栄光を現わされるんだなと神様を誉め讃えました。

今度、また、手術が行われる事があった場合は、大好きな「風のひびき」をかけてもらおうと思います。手術をするような病気はしない方が もっと良いのですが。





2017年6月15日木曜日

経済が与えられました

有働 克己

祈りにより支えられた経済の祝福

私は息子の白血病を通して神様が、癒し主であり、奇跡を起こされることを心から信じていましたが、経済が支えられる、献金が与えられると言う事に関しては眉唾的な思いがありました。

 そんな私が「神様に不可能は何一つ無い」と神様自身が確信させて下さった、経済の祝福の証を分かち合いたいと思います。

私は長年に渡り書道を教えてきましたが、数年前から徐々に右の手が動きにくくなり、とうとう指を曲げる事が出来なくなってしまいました。病院に行き、診察を受けると「手根幹症候群」と診断され、手術が必要であるとの説明を受けました。手術は日帰りで出来る比較的簡単な手術の為、特別不安も心配もなかったのですが、年金暮らしの私にとって手術費用は思いがけない出費であり、どうやって支払おうかとお金の事が大きな不安となりました。
病院の受付に相談するも手術当日窓口で対応しますと解決にはなりませんでした。
教会では よく 祈りましょうとか、祈りますね とか、祈り 祈り という言葉を聞きました。それで私も祈ってみようと思いました。そして手術日までの3日間 必死で「手術費用が与えられるように」神様に祈りました。

するとどうでしょう。思いがけない所から、必要なお金が与えられたのです。
以前 中古のボーリングボールを譲ってもらったのですが、譲ってくれた飲み友達が(私はもうお酒は飲んでいません)「手の手術をするのなら、もうこれは使えないだろう」と言って譲ってもらった時と同額のお金をテーブルの上に置き ボーリングボールを持って帰えったのです。これにはびっくりです。私はその友達に頼んでもいませんし、ましてや何カ月前かに一緒にお酒を飲んで大喧嘩をし、仲たがいの状態だったのですから。

私は神様をあがめました。神様は私の必死の祈りを聞いて下さり、答えて下さったのです。私は神様がどのような事に於いても、たとえお金、経済であっても、祈り求める時、神様にとって何一つ不可能な事はなく、神様の方法で助けてくださる方であることを体験しました。神様を誉めたたえます。




2017年6月9日金曜日

救い・断酒の証し 2

救い・断酒〜神様のことばに立って現された神の栄光!

有働 克己

それから、しばらくの時が経ち、パスポートの更新手続きに帰国した娘と再び教会に行く機会が与えられました。あたかもそれは神様がお定めになっていたかのように、2回目の教会礼拝参加に於いて、私は洗礼を受ける恵みに与かりました。
 洗礼を受けてからの私は聖書を読む事、賛美を聞く事が楽しく、私の人生は全く一変したものとなり、素晴らしい人生となりました。
 私にとって、牧師からのメッセージや聖書の内容、お祈り等、全てが初めての事で分からない事ばかりでしたが、今では教会に行くたびに牧師に質問をし、一つ一つ学ぶことが出来ています。

そんな中、礼拝後の交わりの時の事でした。私が長年の飲み友達である友人の話をした際、牧師が「有働兄弟、お酒はだめですよ。聖書の中にもお酒に酔ってはいけませんと書かれています」と言われびっくりしました。私は長年にわたってお酒を飲んできましたが、決して、お酒に飲まれる方ではなく、時に少しは羽目を外す事があったとしても、いつもは節度を保って飲んでいると自負していました。それで牧師に「ちょっとならいいでしょ?」とお聞きしましたら、牧師は「ちょっとでも駄目ですよ。大丈夫です、神様にお祈りすれば助けてくださいますし、飲みたくなくなりますから」と。 私はちょっと納得できない思いを持ちながら帰路に着き、いろいろと考えました。
信仰を優先する心に定まりかけた時、部屋に置いてある数本のお酒の瓶は、なぜか恨めしそうに私を見ている様な気にもなってきました。 けれど 私は83歳にして決心したのです「お酒をやめよう!」
そして、今、私の断酒生活は続行中です。これまでの飲酒人生からは、想像すらできない、あり得ない出来事です。私の力ではないものが働いていると感じます。
神さまの言葉に立つ事を選んだのですから、必ず神さまが守り 助けて下さり、生涯お酒を飲まない「断酒生活」を 続けて行けると信じています。
神様のみ名を誉めたたえます。感謝します。






救い・断酒の証し1

救い・断酒〜神様のことばに立って現された神の栄光!

有働 克己

2014年、私の息子(ノンクリスチャン)は白血病になりました。
医師からは治療に1年くらいは見ていてくださいと言われました。私にとって“白血病”は死を意味する病気でしかなく、驚きと 不安でいっぱいになりました。 

弟の病を知ったLA在住の私の娘は、自分の家族だけでなく 主の十字架クリスチャンセンターの教会、娘が所属しているLAの教会やハワイの教会まで、癒しの祈りの輪を広げてくださいました。

その後、一年かかると言われた抗がん剤治療でしたが、約半年で完璧にいやされました。また、治療中は、嘘のように 副作用も少なく 食事もほとんど完食することができてました。
こうして苦しい抗癌剤治療に息子は打ち勝ち、完治する事が出来たのです。

私はこの事柄を通して、神様がおられ、神様が息子を直して下さった事、確かに神様は、みんなの執り成しの祈りを聞いて下さった事、どれほど祈りに力があるかを知ることができました。私は、奇跡のいやしの御業を誉めたたえ、神様を信じました。
聖書に“イエス・キリストを信じなさい、そうすればあなたもあなたの家族も救われます”と書いてます。今 この神様のことばを握って息子とその家族の救いのために祈っています。
(つづく)








2017年1月15日日曜日

信仰告白

いつもお借りしている礼拝会場の清掃を担当されていたS姉妹が信仰の告白を致しました。神様の御業を誉め讃えます。
少し前から、Sさんの代わりに別の方が来られていて、どうしたのかな?と思っておりました。以前 Sさんは腰を痛め、癒しの祈りをし癒されました。また、ウオノメもあり、祈った事がありました。

今日 神道では、お正月飾りを燃やす どんと焼き・・が行われており、Sさんも世の習慣に習い神社へ。

この神社は、礼拝会場のすぐ近くです。帰り、教会へ寄って下さいました。久しぶりに会って、みんな喜びました。

ところが、大腸癌を患っていて、仕事を休み、札幌の病院へ抗がん剤治療を受けてるとのこと。驚きました。

それで 以前祈った事もあり、祈りましょう・・と言ったらすんなり了解しました。
あまり素直でしたので、イエス様を信じませんか?と。そして共にイエス様を信じる祈りをしました。

それから 癒しの祈りをしました。
イエス様が触れてくださり癒してくださる事を信じます。
神社の "どんと焼き" をも 神様は用いられました。主を誉め讃えます!
さらに執り成して行こうと思います。



2017年1月14日土曜日

友人の癒し

昨年 九州・熊本の友人牧師が脳梗塞で緊急入院しました。
適切な治療と世界中から執り成しの祈りが捧げられ、今月 19日 退院します。
主を誉め讃えます。
入院中、最善のリハビリが成され、牧師として再び奉仕をする為に、聖書から神様の事についてお話しするメッセージの訓練も盛り込まれていたそうです。
そうしたら、リハビリのためのメッセージを聴いていた理学療法士さんが、イエス様を信じたそうです!
一石二鳥にも十鳥にも百鳥にも!
神様は全てを用いて益にしてくださるのですね。

"神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。"
聖書 ローマ人への手紙8章28節

主を誉め讃えます!




2017年1月2日月曜日

手のこわばりの癒し

本間不思議

乳癌の手術後、ホルモン剤を服用しております。その後、ホルモン剤服用の副作用の症状が現れ、節々の痛みや手のこわばりが起こり、一時的に字を書くのも大変な状況になりました。癒されるように祈り、教会でも祈っていただきました。また、12月の江別聖会で、東京アンテオケ教会牧師の秋元さんに祈っていただきました。翌朝 手のこわばりが無くなってる事に気がつきました。主の癒しを感謝いたします。